今年の冬、ついに訪問を果たした屋久島。この地に行き着くまでにはきっと各人なりの熱いストーリーがあるだろう。目的地に着くまでの道のりが険しいほど辿り着いた喜びも大きい、などと巷間良く言われるのだが、正直言えば、平穏に訪問して大きな収穫を得る方が良いに決まっている。しかし時すでに遅く、私の場合は頼みもしないのに、それも訪問の一年も前から相当険しくなってしまっていた。目標がもしも屋久島でなかったら、おそらくそのまま訪問を断念していたことだろう。
実は屋久島行きプランは杠氏が発起人となり昨年に立てられていて、私も声を掛けてもらっていた。ところが数年来の大雪に見舞われて無念の延期。再度設定した日取りが仕事と合わずに涙の断念。無事に訪島を果たした仲間から「フォトラン状態の撮影だったよ」という衝撃的な土産話もついて、その落胆ぶりは自分でもコントロールが出来ないほどだった。いい年をしてみっともないから黙っていたが、実際は当時のメンバーがその年の屋久島の話をしていると、大きなコンプレックスを感じて意味もなく落ち込んでしまう有様だ。ようやく訪島を果たした今でもその後遺症は完全に無くなってはいない。ここはもはや「羨望の軌道」などという生やさしい言葉で片づけられない、自分のために「行かねばならない軌道」だったのだ。
ともあれ辛抱の1年を過ごし待望の冬は来た。